佐瀬雅行写真展に向けて

十三湖(青森県五所川原市)

津軽半島北西部の日本海に面した汽水湖。南から流入する岩木川が砂州でせき止められて湖となった。水深は最大3メートルで、日本有数のシジミ産地。中世(13世紀初頭〜15世紀前半)には、北方や中国、朝鮮半島との交易港として栄えた十三湊(とさみなと)があり、津軽地方の有力豪族・安東氏の本拠地だった。日本海と湖に挟まれた五所川原市十三地区では、港湾施設や領主館、土塁などの遺構が見つかっている。室町時代中期、安東氏が南部氏によって追われると急速に衰退した。

  • 十三湖大橋から見下ろす湖面は凍り付き、暗雲が空を覆っていた。

かつて海外との交易で栄えた港が
ここに存在したとは、到底信じられない。

津軽の冬は厳しい。地吹雪が猛威を振るい、道路は完璧なアイスバーンと化す。同じ東北地方でも南の人間にとって、雪道の運転は鬼門だ。十数年も前になるが、勤務していた新聞社の年間企画の取材で、真冬の十三湖周辺を車で回ったことがある。慎重に運転していたつもりだったが、下りのカーブでスリップし、路肩の吹きだまりに突っ込んでしまった。車も体も無事だったものの、コントロールを失った時の恐怖心は忘れられない。

今回は同じ轍を踏むまいと列車を乗り継ぎ、JR五所川原駅前から弘南バスで十三湖に向かった。わずか数人の乗客も途中の停留所で次々と降り、ついに1人になってしまった。1時間ほどバスに揺られて到着した十三地区は、厚い雪雲に覆われていた。  日本海から吹き付ける風雪が雪囲いの板を激しく揺らし、露出した顔が痛い。歩道の雪に足を取られながら集落の中を撮影したが、住人の姿は見当たらず、十三湖の湖岸にはシジミ漁の漁船が陸揚げされていた。岩木川の河口に架かる三湖大橋からは暗く沈んだ湖面と日本海が見えるだけだった。

撮り終えたフィルムを交換しようとしたが、指先がかじかんで思うようにならない。津軽三味線の名人、高橋竹山は若き日に冬の津軽半島を門付して歩いたというが、どれほど過酷な体験だったことだろう。白から灰色のモノトーンに覆われた十三湖を見る限り、かつて海外との交易で栄えた港がここに存在したとは到底信じられない。[2013年2月撮影]

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