佐瀬雅行写真展に向けて

大湯環状列石(秋田県鹿角市)

秋田県北東部の鹿角市を流れる大湯川左岸の台地で、1931(昭和6)年に発見された縄文時代後期(約4000年前)の大型配石遺跡。野中堂、万座の二つの環状列石(ストーンサークル)が東西に並んでいる。組石遺構の集合体が二重の同心円状(環状)に配置され、外帯と内帯の中間には、一本の立石を中心に細長い石を放射状に並べた「日時計状組石」が置かれている。万座遺跡は直径52mで、国内最大のストーンサークル。副葬品を伴う土杭や掘立柱建物跡、竪穴住居跡などが見つかっている。国の特別史跡。(2014年6月撮影)

  • 西側に位置する万座遺跡。鳥の目線でなければストーンサークルの全貌を把握できない。縄文人はどのような思いで石を運び、積んでいったのだろうか?

縄文人にとっては、死者と寄り添って暮らすことが当然だったのかもしれない

仏ヶ浦を撮影した翌日、むつ市のホテルを早朝に出発して大湯環状列石に向かった。下北半島を南下して国道4号に入り、さらに十和田湖の南側を通る国道104号と103号を走り続けて、4時間ほどで鹿角市大湯に到着した。

ストーンサークルといえば、イギリスのストーンヘンジが有名だ。日本では北海道西南部から青森県、秋田県北部に数多く見られる。その中でも大湯環状列石は最大の規模を誇り、県道を挟んで万座遺跡と野中堂遺跡が向かい合っている。久しぶりに訪れた大湯環状列石はすっかり整備され、万座のストーンサークルの周りには掘立柱建物まで復元されていた。遺跡公園として観光の目玉にすることは理解できるが、あまりにも手を入れすぎて自然と共生する縄文の風情が薄まったようにも思える。

撮影ポイントを探して二つの遺跡を歩き回ったが、一周するだけでかなりの時間を要した。遠く離れた河原から重い石を大量に運び込み、大規模な構造物を造り上げたエネルギーの源泉は何だったのだろう。発掘調査によって、ストーンサークルは集団墓であると同時に祭祀施設であり、近くに集落が営まれていたことが明らかになっている。縄文人にとって「死」とは決して忌むべきものではなく、死者と寄り添って暮らすことが当然だったのかもしれない。

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