佐瀬雅行写真展に向けて

男鹿半島(秋田県男鹿市)

秋田県西部の日本海に突き出た男鹿半島は、海上に浮かぶ活火山の島に雄物川と米代川の河口から伸びた砂州がつながったことで形成された。中心部に取り残された汽水湖が八郎潟。大晦日の夜に山の神々の使者が里にやってきて、悪事を戒め厄災を祓う民俗行事「なまはげ」で知られる。入道崎、寒風山、真山神社などの観光地も多く、貴重な地質や地形に恵まれた自然公園として日本ジオパークにも認定されている。

  • 日本海の水平線を彩るように小さな鳥居が立っていた。祀られた神は海と陸のどちらにいるのだろうか

新聞社に入社して間もない頃、庶民信仰をテーマとした企画で「なまはげ」を撮影したことがある。ある年の大晦日、男鹿市門前地区で「なまはげ」に扮した集落の若者たちを追い掛けた。鬼の面と大きな出刃包丁、ケラミノ、ハバキで変身した「なまはげ」が、「泣ぐ子はいねがー、怠け者はいねがー」と叫びながら家々を回る。幼い子どもにはトラウマになるような恐怖の時間だろう。一方、大人たちは笑顔でなだめ、酒食でもてなす。「なまはげ」は畏怖すべき存在というより、あきらかに歓迎される客人神だと感じた。同行した我々まで御神酒が振る舞われ、取材中にも関わらず深酔いしてしまった記憶がある。

当時とは異なり、男鹿半島へ行くのもすっかり便利になった。秋田自動車道の昭和男鹿半島ICを降りると間もなく男鹿市に入る。県道59号で半島の南岸から西海岸を走ると、海岸線の景色が美しい加茂青砂地区が見えてきた。1983年の日本海中部地震では、遠足に来ていた小学生13人が津波の犠牲になる悲劇が起きた。集落の南にあるカンカネ洞は男鹿半島でも最大級の海食洞だ。かつては海岸沿いの街道をたどる旅人にとって難所で、洞窟の外壁に鉤(かぎ)を掛けて渡ったことから「カギカケ洞」と呼ばれ、転じて「カンカネ」になったという。江戸時代の紀行家、菅江真澄も訪れている。

半島の北西端、入道崎から少し南の赤島には、弁財天が祀られ小さな鳥居が立っている。「なまはげ」は山から下りてくるが、漢の武帝が使っていた五匹の鬼とも言われている。本来は海の彼方からやってくる来訪神だったのかもしれない。潮風で風化した鳥居が海からのマレビトを迎えているように思えた。(2013年9月撮影)

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